
2026年5月22日に58年ぶりに幼稚園から中学3年生まで仲良くしていた友人の一人とさいたま市で会いました。父の勤務先が東京であったため、私は幼稚園から高校1年生まで埼玉県の大宮市(現在、さいたま市大宮区)に住んでいました。
友人とは年賀状のやり取りを続けており、お互いの進学、結婚、出産などの近況やそれぞれの変化の様子はお互い知っていたのですが、なぜか実際に会うことはありませんでした。また私が高校2年生の時、徳島県に引っ越してからは、母と姉の3人で年に数回、東京に行き歌舞伎座や国立劇場で歌舞伎を鑑賞していました。私が社会人になってからもその習慣は続けており、現在に至りますが、歌舞伎座周辺に宿泊し、ショッピングやお鮨を満喫しリフレッシュするということはあっても、さいたま市の友人とは会う機会がありませんでした。
夫の高校、大学時代の親友が10数年前から、息子さんが生活しているさいたま市東浦和に移住しており、数年前からは体調を崩していると聞き、お互いが元気なうちに会いたいということで、さいたま市に行く計画を半年ほど前から立てていました。
夫も高齢であるため、私が同行することになり、この機会に、さいたま市の私の友人に会ったらと夫から勧められました。実は数年前、東京に歌舞伎を観に行った際、昔住んでいた大宮に行き小学校、中学校の様子は見ていました。50数年前に住んでいた自宅あとには、高層マンションが立ち並び雰囲気は変わっていましたが、商店街は一部残っていました。
友人に電話連絡を取りましたが、たまたま5月22日にJA主催の講演会(戸田恵子氏)があり、友人はJA婦人部の役員をしているため当日のお世話係があり欠席できないということでした。せっかくの機会なのに残念に思っておりましたが、3日後友人から連絡があり、JAの婦人部長から58年ぶりに会う友人と講演会のどちらが大切か考えなさいと言われたとのこと、結局会うことになりました。
待ち合わせ場所の大宮駅に早めに着いたのですが、友人も早めに来てくれ無事再会することができました。半世紀ぶりなので、お互いに気づくことができるのか不安でしたが、幼いころの面影がありすぐ分かりました。ランチを取りながら2時間ほど談笑しましたが、思い出話に花が咲きあっという間に時間が過ぎてしまいました。
幼稚園の担任の先生が今は園長となられ、90歳でお元気であること。友人が『私はそそっかしいので、手や足をこれまでに5回骨折しているのよ』と言っていましたが、第一回目の骨折の場に私が居たことを友人はすっかり忘れていました。小学校5年生の頃、折り畳みの長机に腰を掛けて、机の脚が折れて下腿部を挟み骨折…。そして中学2年生のころ、私が数学部の部長で友人が副部長であったこと、その時の活動の様子を撮った写真を今でも懐かしく見ていることなど、共通の思い出が鮮明に浮かんできました。
58年経ってもお互いに気持ちは若いころのままです。しかし友人も私も加齢に伴い身長が友人は7センチ、私は3センチ低くなりました。お互いにいつまでも健康でいて、再会したいねと誓い合いました。
別れ際に、古くから大宮で売られているお菓子だから懐かしいでしょう?と言って、『十万石』というお菓子をいただきましたが、記憶になく残念に思いました。後日、姉に尋ねてもこのお菓子は記憶にないとのことでした。
夕方、夫と大宮駅で合流し鬼怒川温泉に移動して、のんびり温泉につかり、美味しいお食事を楽しみました。

大宮駅東口のバスターミナルから見た風景。自宅はバスで15分くらいの『前原』で、よく利用した東口の風景は懐かしいです。すずらん通りは今も残っており、飲食店や雑貨店などが並ぶレトロな雰囲気の商店街。

和菓子『十万石』








